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腸と脳の関係:近年の進展
科学者と臨床医らが、脳と腸、そして腸内常在細菌との関係について調べ始めたのは、1880年代のことです。 今日この関係は、脳腸軸(BGA)、あるいはマイクロバ イオーム-腸-脳軸と呼ばれています。研究が進んだ現在、 これらは双方向のコミュニケーションを行っていること、またストレスがかかるとそのコミュニケーションが活発になることが分かっています。
腸は腸管神経系(ENS)を介して、脳からの指示がなくても機能できることから、「第2の脳」と呼ばれることがあります [Liang 2018]。腸管神経系は消化器系をコントロールし、ぜん動や分泌、痛みの知覚に重要な役割を果たしています。腸は腸管神経系を持つだけでなく、共生微生物(腸内マイクロバイオーム)に食物と住処も提供しています。 過去10年間で研究とオミクス(網羅的解析)技術が進化し、これらの微生物についてより深く理解できるようになりました。今では、腸と腸内マイクロバイオームが連携し、免疫や内分泌機能、消化管機能、神経伝達に影響を与えていることが分かっています。
ヒトは、全身に分布する何兆もの微生物と共生する個体を超えた生命体 です。 体に存在する細胞の90% 以上は、微生物のものです。しかし、現代のライフスタ イルに見られる過剰な衛生観念や食生活の変化などによ り、その微生物の多様性が失われつつあります。最近の研究で、例えば高脂肪食は、腸内マイクロバイオームと脳の両方に悪影響を及ぼす可能性が示唆されています。 飽和脂肪酸を多く含む食事は、腸内マイクロバイオームの菌種多様性を低下させるという好ましくない作用をもたらします。それだけでなく、脳の働きにも影響し、うつ病様行動を誘発する可能性があります [MyNewGut project]。
現在の心理学分野では、患者を個体を超えた生命体として考える研究者や医師が増えています。マイクロバイオームを疾患のバイオマーカーとして用いたり、患者の治療方針を決める情報源にする傾向が強まっています。マイクロバイオームを解明することで、一人ひとり に合わせた栄養(パーソナライズドニュートリション) や治療が可能になるかもしれません。 脳腸軸は主に、神経路(腸管神経と迷走神経)、神経 内分泌経路、免疫経路という3つの経路で構成されていま す。では、ストレス時には何が起こり、脳はどのようにストレスに反応するのでしょうか?
炎症の悪循環
ストレス過多時には、扁桃体という感情をコントロールする脳の領域が、 脳の指令部である視床下部に苦痛を知らせる信号を送ります。そして視床下部が神経系を通じて警告を発すると、これに反応してアドレナリンやコルチゾールなどのストレスホルモンが大量に放出されます。次に、これらのホルモンによって、私たちの体は闘争・逃 避 反応と呼ばれる緊急行動を準備し ます。一般にストレスを受けると、動悸や筋肉の緊張、血圧上昇、速い呼吸などの身体症状が生じます。このような体の変化によって強さとスタミナを 高め、反応時間を短くし、集中力を上げて、ストレスの多い状況に闘うか逃げるかで対応できるようにするのです。しかし、そのストレス反応がいつ までも続くと、消化器系などの体の各 部に悪影響が生じる可能性があります。
繰り返しストレスにさらされた体では、炎症の悪循環が始まる可能性があります。この炎症や病原菌の作用によって腸管上皮の透過性が高まると、細菌が体内に侵入したり、迷走神経を通じて腸から脳に炎症シグナルが伝達されることがあります。脳はこの炎症シ グナルを新たなストレス源と判断します。この状態が続き、さらに外部のストレス源が加わると、やがて心理、生理、行動に症状が現れるようになります。 2012年にMaesらが発表した調査では、体内に侵入した腸内共生細菌によ って免疫細胞が活性化され、IgAおよ びIgM(抗体)の反応が促される可能性が示唆されています。 ストレス状況下での免疫経路の漸進的な増幅が、(慢性的な)抑うつの病態生理学に関与している可能性があります。
マイクロバイオームの役割
マイクロバイオームは、ストレス反応において、どのような役割を果たしているのでしょうか?研究者らは、 健常者と患者の腸内マイクロバイオームには有意な差があることを認めてい ます。しかしこれは、健全なマイクロ バイオータ構成を定義するための、初めの一歩に過ぎません。過去の研究から健康的な構成を推測すると、多様性に富み、ファーミキューテス門細菌と ビフィドバクテリウム属細菌が相対的に多いことが不可欠なようです。無菌動物を用いた試験では、腸内マイクロバイオームが存在しなければ、脳も行動も完全あるいは正常な発達を遂げられないことが示されています[Luczynski 2016]。
脳腸軸に関する研究はまだ始まったばかりですが、これらの観察結果は栄養士や神経精神科医に新たな希望をもたらすものです。今後、マイクロバイオームの構成に基づいて、患者の状態を分類できようになるかもしれません。また個人のマイクロバイオータの特徴に基づいた治療方針によって、医薬品に対する患者の反応を高めることができるかもしれません。
サイコバイオティクスの利用:
気分の落ち込みに打ち勝つ
2013年にCryanらは、「Psychobiotics: a novel class of psychotropic(サイコバイオティクス:新分類の向精神薬)」という研究論文を発表しました。この論文では、適量を摂取することで精神の問題を抱える患者に健康上の利益をもたらす生きた微生物を、サイコバイオティクスと定義しています。 以来「サイコバイオティクス」という言葉は、神経変性疾患や抑うつ障害を研究する神経科学者らに用いられています。特に、抑うつやストレス、不安などのメンタルヘルス症状を、プロバイオティクスによる脳腸軸への働きか けを通じて対処する際に広く使われます。 抑うつはよく見られると同時に深刻な症状であり、人々の感じ方、考え方、行動に負の影響を及ぼします。抑うつにはさまざまな種類があります。しかしどの種類で あっても、悲しみの感情や活動への無関心(アンヘドニアと呼ばれるポジティブな感情になれない状態)が生じます。
抑うつに対する治療選択肢には、抗うつ薬や認知行動療法、対人関係療法、精神分析的心理療法などがあります。 現在、食事、腸内マイクロバイオーム、メンタルヘルス の関連性を評価するために、栄養改善のアプローチを採用した横断的研究がいくつか行われています。これらの研究では、抑うつなどの精神障害を消化管のマイクロバイオームの変化と関連付けて考えています。マイクロバイオームは、新しい抗うつ治療のターゲットになる可能性があります。この研究の中心にあるのがプロバイオティクスです。
プロバイオティクスを用いた精神問題の解決は、実現可能な策であるという証拠があります。げっ歯類を用いた試験では、プロバイオティクスによって、行動を変え、気分や不安、認知機能を改善できることが示されています。 そしてこれらの非臨床試験の結果は、うつ病患者を対象とした少なくとも10件の臨床試験で裏付けられています。
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<参考文献>
Liang, S., X. Wu and F. Jin (2018). «Gut brain psychology: rethinking psychology from the microbiome–gut–brain axis.» Frontiers in Integrative Neuroscience12: 33.
Maes, M., M. Kubera, J. C. Leunis and M. Berk (2012). «Increased IgA and IgM responses against gut commensals in chronic depression: further evidence for increased bacterial translocation or leaky gut.» Journal of Affective Disorders141(1): 55-62.
Luczynski, P., McVey Neufeld, K. A., Oriach, C. S., Clarke, G., Dinan, T. G., & Cryan, J. F. (2016). Growing up in a bubble: using germ-free animals to assess the influence of the gut microbiota on brain and behavior. International Journal of Neuropsychopharmacology, 19(8).
Liu, R. T., et al. (2019). «Prebiotics and probiotics for depression and anxiety: a systematic review and meta-analysis of controlled clinical trials.» Neuroscience & Biobehavioral Reviews
Dinan,T. G., C. Stanton and J. F. Cryan (2013). «Psychobiotics: a novel class of psychotropic.» Biological Psychiatry 74(10): 720-726.
投稿日 Dec 19, 2023 | 最終更新日 Dec 20, 2023