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魚とエビのマイクロバイオータ:知見とその管理
魚とエビの腸内には、他の動物と同様に、複雑なマイクロバイオータ(微生物群集)が存在しています。その腸内マイクロバイオータは、消化機能や粘膜と体の健康、そして生産成績に対して、重要な役割を担っています。
水生動物に特有な点として、水との直接的な接触が挙げられます。水中には呼吸のための空気や餌、糞が溶け込んでいるのに加えて、毒素や微生物等の多量の環境成分も含まれています。海水魚の場合、浸透圧によって失われた成分を補給するために、積極的に周囲の海水を飲むことも知られています。
水、底砂、表層のバイオフィルムには微生物が存在し、その構成は養殖システムや、魚種、成育段階によって異なります。そしてそれは、魚やエビの健康と生産成績に直接的な影響を与えます。水環境中のマイクロバイオータの重要性は、開口時、あるいは稚魚へのワクチン接種時やエビの外皮がなくなる脱皮時等を考えると、すぐに理解できるでしょう。底魚や藻食性魚類にとっては、底砂や岩等の表面の微生物構成も重要です。陸上脊椎動物と同様に、魚やエビは接触している周囲の微生物環境に対して抵抗性を持つ必要があります。しかし魚やエビの免疫系の進化度合いは、陸上脊椎動物よりも劣っていることが分かっています。腸や体のバランスの乱れを起こし得る外的要素から身を守るには、健康で頑強な腸内マイクロバイオータが重要です。
近年、最新の分子技術によって、複雑な微生物群集の実態が解明されています。今や、動物や環境のマイクロバイオームの特性を、詳細に測定することができます。マイクロバイオータ・環境・宿主の相互作用を理解し、それをうまく制御する方法も模索されています。新しいゲノミクス技術を用いた研究では、全ての成育段階のエビにおいて、腸の健康とマイクロバイオータの構成には、明確な関係性があることが示されています(Yu et al., 2018)。激しい降雨等の大きな環境変化は、マイクロバイオータのバランスの乱れを誘発し、腸内へのビブリオ属細菌の定着とビブリオ病の悪化を促します(Chen et al., 2017)。これが早期死亡症候群(early mortality syndrome、EMS)あるいは急性肝膵臓壊死症候群(acute hepatopancreatic necrosis syndrome、AHPNS)の発生に、腸内マイクロバイオータが大きく関わっているとされる根拠です。
その他にも近年、細菌を活用したバイオレメディエーション(生物を用いた環境浄化)とプロバイオティクスの効果を調べるために、DNAの塩基配列解読技術(シーケンス)が用いられています。その研究では、バイオレメディエーションとプロバイオティクスの投与によって、養殖池の水とエビ腸内のマイクロバイオータの構成が変化し、優れた健康と生産成績につながったことが実証されました (Rodiles et al., 2020) (図 1)。
サケ科の魚では、餌の違いが健康と生産成績に及ぼす影響に、腸内マイクロバイオータの変化が関与していることが分かっています (Desai et al., 2012; Egerton et al., 2020) 。そしてプロバイオティクスを給与することによって、良好な健康状態を保持できることが示されています(Al-Hisnawi et al., 2019; Ohtani et al., 2020)。 例えば、アトランティックサーモンが淡水から海水への移動のためにスモルト化する際には、生理や免疫の構造が劇的に変化し、新しい微生物環境が作られます。こうした移行期にプロバイオティクスを用いて腸内マイクロバイオータを保つことによって、免疫を助けることができます(Abid et al., 2013; Jaramillo-Torres et al., 2019)。これは腸内微生物のバランスの乱れと、それに伴う感染症のリスクの緩和に役立ちます (図 2)。
水産養殖においてメタゲノミクスが重要となっている、あるいは今後重要となる領域:
- 幼生の免疫プライミング(準備刺激)と訓練免疫の誘導
- 腸内マイクロバイオータを機能性のバイオマーカーとし、それに基づいた飼料設計の最適化
- 健康と生産成績を向上させることを目的とした、腸内と環境のマイクロバイオータの維持と調節
- 水の生化学的、微生物学的な品質を向上させるための、水のバイオレメディエーションと生物的防除
メタゲノミクスは、私たちを取り巻く微生物世界を理解し、制御し、有効活用するのに役立ちます。これは最終的に、持続可能で予測可能な新時代の水産養殖技術を確立するための、新しいパラダイム(規範)の出現につながるでしょう。
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<参考文献>
Chen, W.-Y., Ng, T. H., Wu, J.-H., Chen, J.-W., Wang, H.-C. 2017. Microbiome Dynamics in a Shrimp Grow-out Pond with Possible Outbreak of Acute Hepatopancreatic Necrosis Disease. Scientific reports 7(1):9395.
Rodiles, A., Cellier, F., Ralite, S., Leclercq E., Castex, M. 2020. Modulating shrimp and water microbiota in hatchery and nursery systems.: New investigations with molecular techniques can help our understanding of microbial interactions and the impacts of bioremediation and probiotic bacteria in shrimp culture. Aquaculture, Nov/Dec 2020:14.z
Desai, A. R., Links, M. G., Collins, S. A., Mansfield, G. S., Drew, M. D., van Kessel, A. G., Hill, J. E. 2012. Effects of plant-based diets on the distal gut microbiome of rainbow trout (Oncorhynchus mykiss). Aquaculture 350-353:134–142.
Egerton, S., Wan, A., Murphy, K., Collins, F., Ahern, G., Sugrue, I., Busca, K., Egan, F., Muller, N., Whooley, J., McGinnity, P., Culloty, S., Ross, R. P., Stanton, C. 2020. Replacing fishmeal with plant protein in Atlantic salmon (Salmo salar) diets by supplementation with fish protein hydrolysate. Scientific reports 10(1):4194.
Al-Hisnawi, A., Rodiles, A., Rawling, M. D., Castex, M., Waines, P., Gioacchini, G., Carnevali, O., Merrifield, D. L. 2019. Dietary probiotic Pediococcus acidilactici MA18/5M modulates the intestinal microbiota and stimulates intestinal immunity in rainbow trout (Oncorhynchus mykiss ). J World Aquacult Soc
50(6):1133–1151.
Ohtani, M., Villumsen, K. R., Forberg, T., Lauritsen, A. H., Tinsley, J., Bojesen, A. M. 2020. Assessing effects of dietary supplements on resistance against Yersinia ruckeri infection in rainbow trout (Oncorhynchus mykiss) using different infection models. Aquaculture 519:734744.
Abid, A., Davies, S. J., Waines, P., Emery, M., Castex, M., Gioacchini, G., Carnevali, O., Bickerdike, R., Romero, J., Merrifield, D. L. 2013. Dietary synbiotic application modulates Atlantic salmon (Salmo salar) intestinal microbial communities and intestinal immunity. Fish & shellfish immunology 35(6):1948–1956.
著者
ステファン ラリテ
(ラレマンドアニマルニュートリション水産養殖製品マネージャー)
アナ ロディレス博士
(ラレマンドアニマルニュートリション Center of Excellence単胃動物研究員)
投稿日 Sep 15, 2022 | 最終更新日 Jun 1, 2023